親戚の20歳ぐらいの娘さんがサーフィンをやっているらしい。

親戚の娘さんは「いつもやっているところの波は、大体この天井の高さぐらいかな..」と部屋の天井を見上げた。

7〜10メートルぐらいはあるだろうか。

私はその話を聴いて、とあるyoutube動画にあったコメントを思い出した。

それはこんなコメントだった。

「静かさという波のなかで溺れ死ぬでしょう」



その動画はISイスラムテロ関連の動画だった。

日本でのイスラム関連のテロを危惧するような内容だったと思う。

コメントのなかにこんな言葉があった。



それぞれのコメントを見てみると様々な意見があった。

テロを起こすのはイスラム教のなかでも一部であって、
もともとのイスラム教はその他の宗教と一緒で平和なものだ..

日本にいるイスラム系の人がテロを起こす可能性はまずない..

否、もとを辿れば同じものを信仰しているのだから、危険だ..

日本人だけどモスクに行っているけど、みんなとても優しく平和だ..

近くにあるモスクに貼ってあるポスターが過激で残虐なものを連想させ、不快だ..

などなど色々あった。

フムフムとコメントを読み進めていくと、さっき紹介したコメントがあったのだ。

「静かさという波のなかで溺れ死ぬでしょう」

これはどういう意味なのだろうか。

それだけしか書いてなかったので真意はわからない。

イスラムに関わらず、とにかく過激な過ぎる行為をしていると、
過激な行為をすればするほど、一方では殺傷性のある静かさも膨張していて、
それに気付かないで、それを無視して、過激な行為を進めていると、
いつか静かさの波のなかで溺れ死ぬよ..

そんな意味合いとして私は受け取った。



静かさのなかでは虫の鳴く音や鳥の鳴く音などが聴こえ、
心地良いものだと感じることが多いが、
それが場合によっては、恐い響きとして、
はたまた実感としてある苦痛として感じてしまうようになってしまうよ..ってことだろうか。



津波は恐いものだが、それぐらいの規模を持った静かさが
マイナスに響くのは地獄だと思う。

ただの静かさ=何もないってことなのに、何もないことがある意味を持って襲ってくるのは地獄だと思う。



ちょっと前にこんな記事を見た。

海外で人によるとても悲しい事件があった。

その事件の内容は覚えてないが、たしかたくさんの人が亡くなった事件だったと思う。

それを追悼する意味で静かさを5分間ぐらい録音した追悼曲がituneから発売され、
それを買うと寄付金となることもあって、ランキング1位に一時的になったというものだ。

ただただ無音の曲が1位!ってことは衝撃だった。

無音のなかには悲しみ、怒りが..



私は静かさと仲良くいきたい。

五月のハエのようにウルサイところもある私だが、
同時に静かさを見失わないようにいきたい。

サーファーにとってその波が絶好の波であるように、
私にとってその静かさが絶好のものであるように。



芭蕉さんより一句

古池や

蛙飛び込む

水の音



おわり。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。

スポンサーリンク

スポンサーリンク

スポンサーリンク

 カテゴリ
 タグ