ほどほどに負荷のある仕事は楽しいかも。

仕事が嫌いだった、ずっと。

好きな人なんているのだろうか?って感じだった。



今日は月曜日、週の初めの仕事だった。

職場には様々な休日を過ごした同僚たちがやって来て、
午前8時のベルとともに仕事という協同作業を始める。

午前中、腹が壊れそうだった。

下痢かな..

トイレに行こうか..

そんなことを感じ、仕事をこなしていく。



途中、やっぱりトイレに行った。

トレイは満員御礼だった。

月曜日の朝、腹を壊す人がいるのはかなりの確率だ。

私は結局、トイレに行く機会を失い、そのまま作業をしてるうちに下痢の予兆も収まった。



お昼を過ぎるとググっと全員の歯車がしっかり噛み合うような感じを覚えた。

そこまでくればもう腹を壊す心配はない。



何やら不安定な感じから歯車が合っていく感じはとても興味深い。

仕事から得た感覚は普遍的なものだ。

私はこの感覚を自分の楽器の演奏に還元したいから、仕事を頑張っている。





仕事の後半で重いものを持った。

連続で長時間持った。

終わったあと、頭がクラクラした。

頭痛という疲労を少し覚えた。



今日は残業も少なめに早く上がろう。

仕事を終えた私は帰りのバイクを走らせていた。

自分の好きな、心地よい温泉のような曲をライブで自分が演奏してる絵を想像した。

少し離れた隣を見ると、昔は殺意を感じていたほど仲の悪かった友達が楽器を持って演奏している。

音楽をきっかけに同じ舞台に立って演奏するという仲直り。

悲しい人は誰もいなかった。

友達も観客も誰1人として悲しい人は誰もいなかった。



そんなライブをしたいなーと思いながら赤信号を待っていた。

心底楽しいライブ。

ふと最近亡くなった親戚の叔母を思い出した。

突如、物凄く悲しくなった。

叔母も来ていたらきっと楽しんでくれるに違いないライブ。



涙が出てきた。

でも音楽は楽しいものだ。

心底楽しいのライブの途中でそんな悲しい気持ちに襲われたら、
どんな風なのだろう。

心底楽しい時だからこそ、感じる悲しみがある。



きっとそのライブでは叔母も降りてきて、
踊っているに違いない。

祖母も祖父も亡くなった愛犬も降りてきて、
楽しんでいるに違いない。

ここまで来て「あーこれが盆踊りなのだな..」と気付いた。

盆踊りの意味を改めて感じた。



死者も蘇り、生きてるものも、みんな楽しいライブ。

そんなライブをしたい。

音楽のなかでこそ昇華できる悲しみがあると思う。



おわり。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。



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